なっちょちーずの冷蔵庫

関東在住の24歳男性。 主にグルメ・オタク関連・雑記について書いてます。

「休みの日だけを楽しみに働きたくない」という気持ちと現状の比較してみた

電車で乗り合わせて向かいに座っている人はその人たち1人1人も自分と同じように大切な人がいたり友達がいるはずなのに1度きりの出会いで終わる。

 

会社の人間関係も入社するまで全く接点のなかった関係だったのに、入社すると上司とか会社内部の人間関係がわかってきて、怒られたり嫌なことがあってもそこが自分の生活の中での唯一の世界だと認識する感覚はなんなんだろう。

 

目標とかやりたいことがあって入社したはずなのに「会社の中でこの部署が楽そうだから次異動するならこの部署がいい」とか成長性よりも1つの会社の中でいかに1日乗り切ることを一瞬考えてしまうのはなぜだろう。

 

ここで言いたいことは、「顔を上げて見渡せば色んなキッカケや可能性があるのに自然と視野が狭くなってしまうのはなんでなんでしょうね」ということ。

無意識に植えつけられてる「無理意識」

 色々考えることよりも「起床・通勤・仕事・通勤・就寝」の生活に身をゆだねた方が大きな失敗がないし周りの人もそうしてるんだという謎の集団意識で安心感を感じられて、それはそれで1つの幸せかもしれないけど、僕は怖いと感じている。

 

誰しも小学校の文集に「サッカー選手になりたい」、「歌手になりたい」、「お花屋さんになりたい」とか自由に書いていたはずなのに、歳を重ねるにつれて経験をして厳しさを知って挫折もして大人になっていく。

 

同じように社会人になって、会社の中で上手く生きていく術を学んで、毎日頑張って働いて徐々に会社の世界や人間関係を自分の判断基準にするようになっていく。

 

僕自身も入社したばかりの頃は今週は5回(日)しか学ぶ機会がないと思っていたのに、今は少し会社に出勤するとき気が進まないときがある。

 

休みの日だけを楽しみに働きたくない」と思って働き始めたはずなのに。

 なんでそう思うのか書き出してみると良いかも

 こうなってくると友達と会ったときに愚痴を言い合ったりして、「あぁ、みんなどこの会社でも大変なんだ。良かった。」と発散することが多い。

 

友達をカフェやランチに誘ってお互いの仕事談で盛り上がりました。

でも、その時は発散できるんだけど、いざ仕事の前の日の夜になると気持ちがまた戻ってしまうこと多くないですか?

「あ~、明日からまた仕事だぁ・・・」とか。

 

モヤモヤする原因を書きだして、解決できそうな手段はないのか判断するために頭の中の気持ちを紙に書いて実体化させてみました。

 

なんでそう思うのか」紙に書いてみた

 紙に書いてわかったことを簡単に要約すると

・業務内容の方法をまだ覚えられてないから実践で自信がない

・なるべくなら怒られたくない

 

 部活動やってたからまだ耐えられるけど、喜んで叱ってください!という気持ちはなくてやっぱりなるべくなら怒られたくない気持ちが強い。

 

「壁にぶつかったときは前に進んでいる証拠」とよく言われてるけど、今はそんな言葉と業務内容の身につけたさに怒られながらも取り組もうっていう気持ちがある。

 

自分の気持ちと取り組むべき行動をチューニングする

 会社に通っていることは、自分の時間を使っているということだけでなく同意して働いているということと同じだ。

やりたい仕事、仕方なく働いてる仕事、どっちにしてもそこに行くという最後の行動決定権を自らが選択しているからだ。

 

だから常に自分がやりたいこと、身につけたいこととズレがないかチューニングすることが必要だと感じている。

 

「今の職場は自分がいないと成り立たないんだ」と考えがちだけど違う

何年も続いている会社は、実際やめても代わりはいるしどうにかして成り立つことが多いし、若い人をドンドン採っていくから会社的負担はそんなにない。

 

何も考えずにただ年数を重ねていくのと、その間やりたい気持ちに正直に取り組んでいた人を比べてみると大きな時間の差ができてしまう。

 

だから動けるうち、発想が柔軟なうちに挑戦したり、すぐに実行に移さなくても仕事の傍ら準備をしながら同時進行で動いていると、雇われるだけの受け身からやりたいことの攻めの生き方に近づけると考えている。

(僕はここが苦手でついつい立ち止まって考えてしまいがち)

 

 石の上にも三年とか、最低でも何年は働かないといけないとか、世の中の「普通」で通ってきたことも、どちらかというと最近は無視してでも行動した人の方が自由な生き方に近づけている風潮が強いから動けるうちに動いた方が間違いはない。

 

狭くなりつつある視野を広げる方法が大事

 僕が大事にしていることは「人とあったり、出かけて場所の雰囲気を感じること」

普段と同じ24時間なのにこんな時間の使い方やその時間を過ごしている人がいるんだと目にしたら自分の中の価値観が広がるキッカケになっている。

 

例えば、海外に行ったことがあるなら教科書で習った時差や外国語、今この時間も実際に異なる生活文化で人々が暮らしていることを想像できるだろうし、日本の中だけという考えから広い感覚を手にしている。

 

海外に行かなくても、47都道府県の中で複数の県に行ったことある人もそこで経験したことが1つの県で暮らすより広い感覚を手にしている。

 

そういった経験で身の回りの環境ではやってないことが平気で行われている場所や人と出会ってさらに自分の視野が広がっていくと僕は考えている。

 

けれども、気分がマイナスな時音楽すら聴く気分にならないし、日本地図を眺めるとこんなに広いってことも忘れてしまって自分が住んでいる県よりも小さい職場という世界だけしか目に入らなくなる

 

そこが難しいところで、その狭くなりつつある視野を広くする方法が大切だ。

必ずしも合う方法は人によって違うと思うけど、自分が大切にしている方法をここでは紹介する。

 

【視野を広くする方法】

・自分を1番信じてあげられるのは自分だということを再認識する

社会に出ると経験や人の視線によって自分を自分で制御してしまいがちだけど、案外そういう思い込みは簡単に壊せるはずなのにその場に立ちすくんでしまうことが多い。

そういうとき自分を1番信じてあげられるのは自分自身なはずなのにどうするの?と自分で奮起して本当にやりたい気持ちと正直に向き合うようにしている。

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・とにかく新しい環境に飛び込んでみる

「百聞は一見に如かず」というように、考えているよりフットワーク軽く飛び込んで後の流れはなるままに飛び込んでみると迷って考えていた以上の出来事や発見とであることが多い。

世界は自分から動かないと黙っていても自分が望むような環境にならないから、勇気を出して飛び込む気持ちを持つようにしている。

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 ・自分の時間を確保する

 仕事のために自分のやりたい時間を削ってでも生活をしていたら、だんだんと行き詰った感覚になってしまったことがある。

人と会ったり、場所に行くこと、自分の気持ちとチューニングするときだって、自分の時間を確保しないとできない凄く大事なこと。

リフレッシュに音楽を聴く、本を読む、テレビを見る、ゲームをする、自分に合った方法で過ごし、本当の気持ちを引き出せるようになった。

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 まとめ:結果を出せば何も言われない

 こういうことを書くと「甘い」とか「通用しない」とかそういう声も出てくると思うけど、そういう言葉に負けないくらいの気持ちと出会うことが大事。

そういう言葉に結局言い換えれば、そう言ってきた人のせいにして諦めてしまえば、「自分は悪くない、そう言われたから諦めただけ」とすれば楽にいつでもやめられるからだ。

最終決定権は自分が持っていて誰も止めないのに、身の回りの環境には行動しなくてもいいように理由付けできるもので溢れている。

何が正しいかなんて人生の最後までわからないのに「これまで行われたことが正しい」と何も疑わずに過ごすよりも、1度きりの人生を楽しむ生き方をしたい。

「結果」は成果だったり個人の心の豊かさだったり、とらえ方は人それぞれだけど、行動に起こしてしまったら何も言われないから、そこまで自分の気持ちを信じたい。

広い視野と自分の正直な気持ちを定期的に確認して、1つの視点にとらわれて見失わないように。